経営者コラム

01

12月
2019

リーダーって

On 01, 12月 2019 | In 経営者コラム | By Kuwahara

まわりの人より、
さきを読んで、適切な判断と適切な手を打てるからこそリーダーって成立するのに、
年長だからという理由だけで、
社長だとか理事長、部長、店長の「長」の肩書きついちゃって、
あたりまえの顔してる大人のなんと多いことか。

まわりが年下ばかりをいいことに、
勉強しないで、自分の性能を棚上げして、
「長」のイスに座る権利があるという勘違いないですか?
世の中の会社の95%くらいはそうした感じじゃないでしょうか?
え? 私ですか?
もちろん、95%の部類ですけど。

ほんきで、残り5%になろうとしてます? 
寝る間を惜しんで勉強してますか?  
じぶんの性能を棚上げして
仕事してるフリだけしてませんか?
計画してますか? 伝えるべき志しありますか?
何故?を自分に問いかけてますか?
忙しさに逃げてませんか?

わたしは、いそがしいフリして
仕事をひとに押し付けるのぶるいですが、

ほかの誰のせいでもなくあなたのメガネのせいで、
ひとの成長をおさえてしまってるって現実、どうおもいます?

そもそも教育者なんて資格ないのに
学校やっちゃったからね。
始めからどっちみちちぐはぐなところからスタートしてる。

だからこそ自分が教育者としての、
教養や人格ってものに目を向けなきゃならんのです。
なのに、試験に受かるための授業だとか生徒集めだとか、
ノウハウ的なところにばかり意識する。
それじゃ他と変わらない。

心を育てる? 人間性を磨く? 新しい教育?
なんだか、そのへんに落ちてるような言葉をひろってきても
よくわかりません。
自分の体験から、つむいだ言葉でないと
なんも説得力もないんです。

いくら津田梅子の本読んだって、吉田松陰であっても
自分の仕事や生き方につなげる感性がないとね。
知ってるってだけで終わっちゃうんです。

どうしてスゥエーデンは、あんな小さな国なのに
国際競争力が日本よりずっと上位なんでしょうね?

普通だと思ってる習慣や価値観を疑ってみないと
革新はないです。

自分を含めて人間のもつ可能性だとか、
力を発揮するためのこころの態度だとか、
教育そのものについても深掘りしたり、
人間理解であったり、
人としての奥行きが必要なんだと思いますね。
でないと学校の独自性だとか理念だとか語っても、
ペラペラなもにになってしまいますからね。