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COMPANYKISHII’S COLUMN

KISHII’s COLUMN岸井コラム

パーパスはなぜ必要なのか?

「私たち」と言える、その根拠は、共有している「物語」にあると思う。
兄弟、家族、同級生、同僚なら
長い時間ともにして、一緒に紡いだ歴史がある。
自然に「私たち」と言えたりする。
同じ経験を共にしたり、同じ価値観を共に出来たり、
同じ目的を共に出来たりすれば、繋がりが生まれやすく。
自然にコミュニティの輪ができる。

会社組織の理想のモデルは、「人間の身体」だと思っている。
会社=法人は、人と同じように、ひとつの人格(社格)として見られる。
法人組織は、機能的に統合されてちゃんと利益を生み出さないと、
すぐに死んでしまう運命にある。
人間の身体は、簡単には死なないようにできている。
脳が指令を出さなくても、
それぞれの機能をもつ臓器同士が互いに信号を出し合い、
関連し合う「生存本能」がある。

会社組織に「生存本能」いうものはなく、
それに近いものが、言葉による「パーパス」ということだろうと思う。
パーパスが、「私たち」と、呼べる根拠になる。

自分の属する組織との関係が、
給料だけで繋がっているいるようなら
「私たち」とは言わない。

会社組織は、1人ひとりがある意味、部品化した役割で成り立ち
効果的に働くことで、利益を生み出す。
利益を出せない会社組織は、生存すらできない。
しかし、利益は目的ではなく、生存する前提条件だ。
会社組織は、パーパスを実現することによって、利益を生み出し、
持続的成長を可能にするという順序。

組織を形づくる、1人ひとりは、
部品のひとつであっても、成長物語をともに紡いでいるような実感や、
同じ課題の解決にともに取り組んでいるような感覚があれば、
「私たち」と言えるかも知れない。

組織とは言っても、寄せ集めの集団から、
すごいパフォーマンスを発揮する強い組織まで、ピンキリだ。
集団が組織化するのは容易じゃない。
誰がいつ抜けるかわからないし、組織の目的にどれだけコミットしているかは、
人によってずいぶんと温度差がある。
セクショナリズムに陥りやすく、分断、仲違い、妬み、ひがみも起きる。
進化もすれば、劣化もする。
全体の一部という繋がりが持てなくなったり、
個々が分離した状態は、組織ではなく単なる集団。
集団は補い合うことがない。
単なる部品化した人の集団では、勝てる組織にはなりづらい。
チームスポーツのように、倒すべき共通の敵がいればいいけれど
組織内の人たちにとって、外に共通の敵は見えない。
我々は、どこから来て、どこへ向かうのか?
その物語りを示すことで、少しは「私たち」と言える組織に近づく。

野心を持った人ならば、組織に依存はしないだろう。
野心があり能力の高い人ほど、強い遠心力があって、
それに見合う求心力が組織を成長させる。
その求心力となるのがパーパス。

我々のパーパスは、「人を輝かせるライフスタイルコミュニティ」。
ときめくEXPERIENCE。
人を輝かせる、機会と
人を輝かせる、場と
人を輝かせる、サービスを提供する。
「美容」と「遊び」と「学び」を通じて、QOLを高める。

未来は「ライフスタイルコミュニティ産業」とし
新たなカテゴリーを生み出す。