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KISHII’s COLUMN岸井コラム

視点の違いで

海外旅行に行くと、海外の視点から日本を見れたりするので
様々な発見があります。

特に文化や習慣、常識は正しいと思ってたことが
実はそうではなかったことに気づかされます。

つい、同じ視点から見て、
とらわれていた認識をリセットして
間違いに気づくなんてことがあります。

つい、一方的な見方、固定した見方、自分に都合の良い見方が
正しいと思ってしまいます。

合理的な判断は正しいとしていますが、
昔、バブルの頃
ゴルフ場の会員権を買い、土地を買うことは合理的でした。

リーマンショックの前までは
金融商品と言われるものを買うことは
合理的だったのです。

ソニーがかつて
グローバルスタンダートと言われるものに合わせようとして、
自社の個性や特徴を否定とまではしなくとも
蓋をしたような時期がありました。

2004年頃だったと思います。
業績は悪化して、社内にはうつ病が多くなり、
大きな赤字に転落したことがあったそうです。

今は,ゲーム機の販売が好調で,
業績も回復して最高益を上げるまでに戻りました。

ソニーの創業理念は
「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」
としていたことに立ち戻ることにしたのです。

昔は、カセットテープ・ウォークマンに始まり、
エンターテイメントを楽しむ製品の開発で伸びた会社です。

それが株価至上主義になり合理化を進めた結果、赤字になった。

日本の家電製品が売れなくなったこと、
中国や韓国の製品が売れ出したせいもあります。

外の価値観を取り入れるのは良いことなのだけれど
そっちに行きすぎるとまたおかしくなる、
という面白い事例です。

やはりバランスを取るのに、
ゆらゆらと揺れながら間違いもしつつ、
ちゃんと勘違いを正せば
成長発展するようになっているということなのだと思います。

よくコレが一番で、あれが二番と分けることがあります。

そうしてくれることで「分かりやすい」ことが良いことで
分かりやすい基準で、モノを買ったりしている。

分かりやすい基準を示されるから、
一番が偉い、一番に行こうとするきっかけを作ったりする。

(でも、それって誰が決めてるんだ?)
ってことになると、実はとっても曖昧で、
世界基準とか言われると、(あぁ本当かな)って思います。

幸福度ランキングとか、働きがいランキングとか
口コミランキングとかいっぱいあります。

細かく見れば、
具体的な指標になるポイントを決めるのは人間で、
選ぶ指標によってずいぶんと違ったモノになるはずです。

裏側では、権威とされる
○○連盟とか〇〇学会とか〇〇先生とかが決めていると言われると
正しいような気もします。

でも、自分の中ではアレが一番とかコレは二番とか
決めるられるものでしょうか?

迷った末に一番とか言ったりはするけれど、
その時々によっても違うし、

大事にするポイントは
経験を積むことで変わってきたりする。

考えなくて済む分
「人を迷わずにそっちに向かわせる」
という点で分けるのに有効で

反対から見たらそれは
コントロールされること、自分の価値観を手放して支配されることでもある。
うがった見方かな?

「口コミ」は正しいと思っても、
良い「口コミ」を獲得するために
あらゆる時間と手間をかけている場合だってある。

それを好きな人が集まってるから、高いとも言える。

自分の好みに合うものは、
「口コミ」なんてものにまったく気にしていない。

いいモノでも口コミ評価「0」なんてこともあるだろう。

だって、長男が一番好きで、次男が二番目に好き
なんてランキングがつけられるだろうか?

母親と父親がどっちが好きなんて
分かりやすい答えで、喜んだり悲しんだりする。
そう考えるとバカバカしくなってくる。

電車と車のどっちが一番かなんて決められないし、
高い車が良い車だなんてのも
金額だけの見方でナンセンスだしね。

〝分ける”ことはマーケティング的手法ではアリだけど
それに踊らされている自分もあるってことで、
本当は外の評価ではないところに
ウエルビーイングがある。

自分のアレが好き、コレが好きには、勝ちも負けもない。

美味しいも、美しいも、嬉しいも自分の中の感覚で、
外の番付とは関係ない。

「誰かが決めたものとは違っていい」
というのがウエルビーイング。

そろそろ偉いとか偉くないとか
一番とか二番に分ける感覚を卒業してもいいんじゃないかって思います。